インドネシア・ジャワ島地震被災者支援活動の報告
日蓮宗東京都南部宗務所社会活動部会
平成18年9月

@ 地震の発生から支援まで
平成18年5月27日ジャワ島ジョグジャカルタ近郊で地震発生、6月27日から7月1日に被災地調査実施(別紙報告参照)、現地で被災者より衣服他の要望を受けた。そこで衣料品を届ける活動を企画、管内に参加を呼びかけるとともに、不用な衣料品の寄贈を部会員に呼びかけた。
8月8日、池上本門寺大堂下で寄贈いただいた衣類にインドネシア語の「日蓮宗 日本の仏教」というシールを衣類一枚一枚に添付、男女子供別に分け、10枚ずつ袋に詰める作業を行なった。左の写真はそのときの様子です。  7月末までに4名が現地での活動に応募され、出発までに53名の方より約千点・200sの衣服が寄せられた。
A 被災地での活動
 8月28日出発、シンガポールを経て29日朝、ジョグジャカルタから車で1時間のソロに到着、現地ガイドの出迎えを受けて、すぐに被災地へ向かった。

 右の写真はケムドゥ村小学校の仮設テントでの授業の様子である。
テントはユニセフから、子供たちが持つ水色のバッグは中国からの支援である。
ご覧の通り水色のビニールシートで間仕切りをしている。
現在、校舎は修復中で近いうちに元の状態に戻れそうだ。
ケムドゥ村のあと、被災されたガンディワル村、ブグラン村を訪れた。村落で人が集まっているところがあると、そこで車を止め、衣料品の袋を開けて配布した。
 左はまだブルーシートの仮設の住まいがあるところで、服を受け取った人たちです。
 子供の衣服が少なかったのが残念でした。
8月30日、ピョンガン村のチェポコ(Cepoko)小学校とコワン村のコワンサトゥ小学校を訪れました。
右はチェポコ小の様子で、後方に仮設校舎が見えます。
当分この状態が続きそうです。子供たちがたいへん元気だったことが印象的でした。
各村ではいくつかの住宅で再建工事が行なわれていた。
右はその様子です。柱に入れる鉄筋は細く数も少ない。
レンガを積み上げただけの壁では、素人目にも地震で耐えられないのではないかと心配になりました。
費用と材料は限られていますが、耐震性のある建物を建てないと同じことを
繰り返すことになるでしょう。
右はピョンガン村のアルフーダ回教寺院の近くで衣類を配布したときの様子です。 どうしても先に来た人が良いものを持って行ってしまうので、一度に全部をあけるのではなく、後から来た人の分を残しておくようにした。

 衣類を受け取った方が笑顔で喜ばれると、これまで活動してきてよかったという気持ちになりました。
今回訪れたコワン村は、いままで訪れた村の中でもっとも被害が大きく、すべての建物が倒壊し、多くの方が亡くなられました。
右は地震から3ヶ月後の状況ですが、地震直後とほとんど変わらないのではないかと思いました。
右は衣服を受け取ったコワン村の人たち。
コワン村は110世帯で、小学校があり校舎の半分は被害が少なかったので、授業が行なわれていました。
破損した校舎はジャカルタ日本クラブによって、修復工事が行なわれていた。
8月29日に衣服を受け取った被災者の写真をジョグジャカルタではがき大にプリントしてもらい、報告とお礼の文を貼り付けて30日午後、ジョグジャカルタの郵便局から衣服を寄贈してくれた協力者の皆様へ発送しました。
8月31日午前、ボロブドール仏教遺跡を参拝、被災者の復興とお世話になったすべての皆様のご多幸を祈念いたしました。右はボロブドールの上部からの眺め、左は回廊の壁に描かれているキンナラ(緊那羅、半人半鳥)の夫妻の浮き彫りです。
  
B 今回の活動について
1 管内すべてに衣料品の寄贈をお願いすると多量に集まりすぎて運べない恐れがあったので、部会の人だけに協力をお願いいたしました。それでも集まった約千点200kの内、600点130kしか運ぶことができませんでした。なお、運べなかった衣類については、再び被災地を訪れ、被災者へさしあげます。

2 今回持参した衣類のすべてを被災者へ直接渡すことはできませんでした。現地ガイドの方も被災者でしたので、居住する村で配布するようお願いしてきました。

3 被災地では子供たちにキャンディーを配り、大人には衣類を配布しました。それ以外に現地の方々と何か交流ができればよかったと思いました。

4 この報告のいくつかの写真は安詳寺小島知広上人が撮影したものです。

5 衣類や浄財を寄贈いただいたすべての皆様、現地へ行く人数が少ないにもかかわらず、旅行費用を当初のままに据え置いてくれた大陸旅遊、制限重量を越えた荷物を運んでいただいたシンガポール航空に感謝いたします。

                                                                    以上