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私の人生は、50歳になるまでいろいろな事がありました。 20代でガンになり、ケガや病気、子供のひきこもり、ウツ、夫婦の離婚の問題、両親の介護をギュッと短い期間に体験をしました。 「あなた自身気づく事があったでしょ。それが、やっとわかったのでは?」と、 ある方に教えられて考えました。 ガンの痛み・苦しみ、子供の気持ちの大きさ、夫婦の問題で相手の事ばかり責めている気持ち、それらを振り返り反省をしています。 毎日が全部あたりまえだと思っていたことが、「今こうやって生きている」「あっ、ありがとう。ありがたい」と感じるようになったのです。 そう考えると人を許す事ができます。 体も食してありがとうを言い、排せつをした時もありがとうと言えます。 もっと広い目で見ると、神様は私達を子として見ていると思うと人類みな幸せになり、心が落ちつく感じがします。 小さな事で幸せだなって思うのは、感謝につながると思います。 毎日、どんな事でも幸せおかげを忘れない様にすごしていきたいと思います。

山門をくぐり、本堂でご本尊さまを敬い、手のひらを合わせありがたくお参りさせていただいている。 境内では、銀杏などの樹木がこずえの葉をすり合わせ、音を出し、仏さまに呼びかけているようだ。私も、おそるおそる「いかがですか」と尋ねたくなる。 思いめぐらすと、こずえの葉は、太陽に向け、光を求め受け止めている。 この「光線」を利用して、音になった先人の「来し方」を人工衛星がで捕らえ、字面に変換後、畑作り、麦の土入れ、麦踏み、麦刈りなど、昔日のようすをネットでいつ日か試み伝えたい。 ところで、先人が仏さまを拝み合掌したのは、時間の流れに寄り添いながら食物を育て、一定して変わらない食生産が、いつまでも続くことを願っていたと思う。 それらの思いに、両手を合わせ、わずかなカボチャ、ダイコンをお寺さんに届け、住職から仏さまにお経とともに供えさせていただいている。  by;MS

最近気づいた事がある 私にはピンチに陥った時、自分以上に心配して相談に乗って助けてくれる友人がいる。 これからも色々な困難があると思うが、お互いに助け合いながらやっていきたいです。 このような縁を与えてくださった仏様に感謝 本当にありがたい心から合掌

僕が小学二年生の時の話です。 祖父の家が近くにあり、僕は一週間に一度は遊びに行っていました。祖父とは仲が良く一緒に買い物に行ったり、昆虫を育てたりしていました。 しかし祖父が死んでしまいました。原因は胃がんです。小学生の僕には、最初何がなんだかよくわかりませんでした。父にそのことを聞いた時、すぐに祖父の家に行きました。そして祖父の顔を見た瞬間、思わず手を合わせていました。 その祖父の前でした合掌には、たくさんの思いが込められていました。まずは祖父への感謝の気持ちです。今までありがというと心の中で何度も叫びました。次におかげさまという気持ちです。祖父のおかげで今の自分がいて、今このように作文が書けるのだなと思いました。 僕は祖父の死をきっかけに命の大切さを学びました。小さく歴史的にみると短い命だけど、僕にとっては大きい命に感じました。 by:YS

僕は主に校長先生がお話しなさる時、宗教の授業の前後、お食事の前後にこれまで合掌をしてきました。校長先生がお話しなさる時や授業前の合掌は、相手に敬いの気持ちを示すものであり、授業後とお食事の時にする合掌は感謝を表すものでした。 しかし、僕は宗教の授業で数多くのことを学んだ後、気付いたことがあります。それは、これまで形にはあらわさなかったもの、心の中で合掌していることは沢山あったということです。 それは、父上がご帰宅なさった時の「お帰りなさい」や、亡くなられた祖父を供養する時、何かを人にお願いするとき等です。 また、少し話が逸脱しますが、心の状態が「孤立」になっている人も、仏の心、自利利他を意識すればよい状態になれるのではないかと、二学期の授業を終えた上で思いました。 by:TY

僕が合掌する時。それは人間の自利だけ、つまり利己のせいで他の生物を殺めてしまった時です。 中学2年生の時、両親と出かけた際、道路で腸が体外に出ている猫を見ました。父に車を止めるように言うと「死んだ者のことを考えるとキリがないぞ」と言われました。それでも抵抗をしていると車を引き返してくれました。 降車して猫に近づくと言葉が出ませんでした。すると母が「言葉はいらないよ」と言いながら両手を合わせました。その意味をすぐに理解した僕は、そこで初めての心を込めた合掌をしました。 by:TM
物語 #182:
私の人生は、50歳になるまでいろいろな事がありました。
20代でガンになり、ケガや病気、子供のひきこもり、ウツ、夫婦の離婚の問題、両親の介護をギュッと短い期間に体験をしました。
「あなた自身気づく事があったでしょ。それが、やっとわかったのでは?」と、
ある方に教えられて考えました。
ガンの痛み・苦しみ、子供の気持ちの大きさ、夫婦の問題で相手の事ばかり責めている気持ち、それらを振り返り反省をしています。
毎日が全部あたりまえだと思っていたことが、「今こうやって生きている」「あっ、ありがとう。ありがたい」と感じるようになったのです。
そう考えると人を許す事ができます。
体も食してありがとうを言い、排せつをした時もありがとうと言えます。
もっと広い目で見ると、神様は私達を子として見ていると思うと人類みな幸せになり、心が落ちつく感じがします。
小さな事で幸せだなって思うのは、感謝につながると思います。
毎日、どんな事でも幸せおかげを忘れない様にすごしていきたいと思います。
2015年04月18日
物語 #179:
山門をくぐり、本堂でご本尊さまを敬い、手のひらを合わせありがたくお参りさせていただいている。
境内では、銀杏などの樹木がこずえの葉をすり合わせ、音を出し、仏さまに呼びかけているようだ。私も、おそるおそる「いかがですか」と尋ねたくなる。
思いめぐらすと、こずえの葉は、太陽に向け、光を求め受け止めている。
この「光線」を利用して、音になった先人の「来し方」を人工衛星がで捕らえ、字面に変換後、畑作り、麦の土入れ、麦踏み、麦刈りなど、昔日のようすをネットでいつ日か試み伝えたい。
ところで、先人が仏さまを拝み合掌したのは、時間の流れに寄り添いながら食物を育て、一定して変わらない食生産が、いつまでも続くことを願っていたと思う。
それらの思いに、両手を合わせ、わずかなカボチャ、ダイコンをお寺さんに届け、住職から仏さまにお経とともに供えさせていただいている。  by;MS
2015年04月18日
物語 #177:友人
最近気づいた事がある
私にはピンチに陥った時、自分以上に心配して相談に乗って助けてくれる友人がいる。
これからも色々な困難があると思うが、お互いに助け合いながらやっていきたいです。
このような縁を与えてくださった仏様に感謝
本当にありがたい心から合掌
2015年04月18日
物語 #162:
僕が小学二年生の時の話です。
祖父の家が近くにあり、僕は一週間に一度は遊びに行っていました。祖父とは仲が良く一緒に買い物に行ったり、昆虫を育てたりしていました。
しかし祖父が死んでしまいました。原因は胃がんです。小学生の僕には、最初何がなんだかよくわかりませんでした。父にそのことを聞いた時、すぐに祖父の家に行きました。そして祖父の顔を見た瞬間、思わず手を合わせていました。
その祖父の前でした合掌には、たくさんの思いが込められていました。まずは祖父への感謝の気持ちです。今までありがというと心の中で何度も叫びました。次におかげさまという気持ちです。祖父のおかげで今の自分がいて、今このように作文が書けるのだなと思いました。
僕は祖父の死をきっかけに命の大切さを学びました。小さく歴史的にみると短い命だけど、僕にとっては大きい命に感じました。
by:YS
2015年02月25日
物語 #161:
僕は主に校長先生がお話しなさる時、宗教の授業の前後、お食事の前後にこれまで合掌をしてきました。校長先生がお話しなさる時や授業前の合掌は、相手に敬いの気持ちを示すものであり、授業後とお食事の時にする合掌は感謝を表すものでした。
しかし、僕は宗教の授業で数多くのことを学んだ後、気付いたことがあります。それは、これまで形にはあらわさなかったもの、心の中で合掌していることは沢山あったということです。
それは、父上がご帰宅なさった時の「お帰りなさい」や、亡くなられた祖父を供養する時、何かを人にお願いするとき等です。
また、少し話が逸脱しますが、心の状態が「孤立」になっている人も、仏の心、自利利他を意識すればよい状態になれるのではないかと、二学期の授業を終えた上で思いました。
by:TY
2015年02月25日
物語 #160:
僕が合掌する時。それは人間の自利だけ、つまり利己のせいで他の生物を殺めてしまった時です。
中学2年生の時、両親と出かけた際、道路で腸が体外に出ている猫を見ました。父に車を止めるように言うと「死んだ者のことを考えるとキリがないぞ」と言われました。それでも抵抗をしていると車を引き返してくれました。
降車して猫に近づくと言葉が出ませんでした。すると母が「言葉はいらないよ」と言いながら両手を合わせました。その意味をすぐに理解した僕は、そこで初めての心を込めた合掌をしました。
by:TM
2015年02月25日
物語 #159:
わたしは合掌をしました。それは中学のころから同じ部活の友達に対してでした。
とても優しく頼りになる友達なので、その時も私に優しくしてくれました。その時わたしは、両手をしっかり合わせたわけではないのに、合掌をしているような感じがしたのです。
そして、わたしはその友達に対して「いつもありがとう」と言いました。そうしたら友達も「こちらこそありがとう」と言ってきて、わたしは驚きました。いつもお世話になっているのはわたしの方なのに、どうして感謝されたのかわからなかったからです。
なので、わたしはその友達に聞いてみました。
友達は「言われてうれしかったから」と言いました。それを聞いてわたしは、合掌は相手を思いやる心でしているのだなと思いました。
by:AH
2015年02月25日
物語 #158:
私は小学生の時に命の授業を受けたことがあります。
その授業は、生きている動物を見ることから始まります。牛を見た時、はじめは「なんか大きいな。かわいいな」くらいにしか持っていません。次に自分で触ってみました。暖かかったです。とても。この子は生きているんだなと感じました。
その日、ある牛が肉にされるために加工場に行ってしまったことを聞きました。あんまり関わりはなかったけど寂しかったです。
次の日、給食で牛乳と牛肉が出た時、この肉って私が触った牛かなと考えました。その時に私は、命ってありがたいんだなと感じました。だから今までは機械的に行なっていた合掌も、慈悲の心が生まれたので、自ら手を合わせることができました。
by:MS
2015年02月25日
物語 #157:
私が合掌するのは「ありがとう」という気持ちの時が多いですが、希に死んでしまった生き物に対してすることがあります。
私の家の近くには車や人の往来が激しい道があり、子猫やカエル、雀などの小さい生きものが車にひかれて死んでいることがありました。近隣の大人が保健所に連絡してその体が片づけられてしまう前に手を合わせるようにしています。
小さいころに親に言われ手を合わせるようになりしたが、中学生頃から自分から合掌するようになり、その意味を考えるようになりました。手を合わせて供養するのは当然のことですが、ただ手を合わせるだけの合掌と、心を込めて手を合わせる合掌は違うと思ったからです。
私は「小さな命が亡くなってしまった悲しみ」から手を合わせています。でも、「悲しい」と思う前に手を合わせていることがあるので、実際には自分でもよくわかりません。
それでも手を合わせるという行為には意味があると思っています。
by:JN
2015年02月25日
物語 #155:
私が不意に合掌するのは、相手に対して「懇願」する時だと思う。
例えば、体育がある日に体育着を忘れてしまい他のクラスに借りに行ったときに「洗たくして返すから貸してください」と懇願したことがある。その時、友達は笑顔で貸してくれた。そのおかげで私はその日、見学をせずに体育の授業に参加することができた。
このように、私は心から懇願するときにふと合掌をしていることが多々ある。きっとそれは、私の心の奥で無意識に相手へ敬意を向けていることの表れだと思う。
人に頼み事をするということは、相手の協力を得るということだから、つまりそれは相手を信用し、共に相手にも信用してもらうという心のキャッチボールなのだ。
だからこそ私は、「自分を信用してください」という言葉の代わりに無意識に合掌をしているのだと思う。
by:MN
2015年02月25日
物語 #154:
私は何か素晴らしいことが起こったり、見たりした時に手を合わせ、合掌をします。
三年前の元日に私は初日の出を拝むために千葉県の犬吠埼に行きました。その頃の私は幼く悪いことばかりをしてしまう毎日で、心の状態も良くありませんでした。
犬吠埼に行き前も面倒くさがっていて行く気にはなりませんでした。到着してからも帰りたいと思っていました。しかし、日が出てくると先程までの帰りたいという気持ちがかくなりました。それほど美しいものだったからです。私がその前の年にしてしまった悪いことや心の状態をすべて消して、きれいな心の状態に移し変えてくれました。その心が変わった瞬間に私は自然と合掌していました。その後とても気持ちいい気分になりました。
普段はあまり合掌する機会がないのですが、小さなことでも感謝をし、素晴らしいことに巡り合った時には合掌をして命に感謝していきます。        
by:IH
2015年02月25日
物語 #153:
合掌するのは人間の本能ではありません。しかし、合掌を思わずしてしまうのは、心の表れではないでしょうか。私は人生で二回ほどその経験がありました。
一つ目は祖父のお葬式です。お世話になった感謝の気持ちと、別れの辛さに思わず合掌しました。
二つ目は自然の美しさに心を奪われた時です。自然の壮大さと自分の存在自体を実感し、心から合掌しました。
そして、学校で行なわれている宗教の授業を通じて二回の動作(しぐさ)の共通点を見つけ出しました。それは命の尊さです。一つ目の出来事では他者の命。二つ目では自分の命。生きている限り、命の尊さを感じられます。そして特に影響を受けた時などに命について考えます。
人が死んでしまった悲しさは大きいです。深い傷が残ってしまうかもしれません。
そして、ふとした瞬間に感じる自分の命の大切さ。その瞬間を大切にしたいと思います。
人はいつでも命の大切さを合掌で考え直すことができると思います。
by:YM
2015年02月25日
物語 #151:
私は中学二年生の時に大好きだった祖父を亡くしました。生れてはじめてお葬式に参列して、親せきや身内が集まり静かに行われました。そのとき心から感謝して合掌しました。
祖父はいつでも元気で明るく、笑顔が似合う人でした。
祖母の家に行くと、祖父の姿はなく、仏壇の前でしか会えません。まだ亡くなったということが信じられないです。色々な病気と闘った祖父は本当にすごい人です。
棺に入っている祖父は安らかに眠っているようでした。今にも起きてきそうで、にっこりと笑っていました。火葬する前、私は最後に「ありがとう。じじ」と今までずっと思ってきた気持ちを伝えられてよかったです。
自然と涙が溢れて本当につらく悲しかったです。命はかけがえのないもの。これからも思いやりと感謝の心を忘れずに一日一日を大切に生きていきたいです。
by:MS
2015年02月25日
物語 #150:
私が自然と手を合わせ合掌したのは、ペットのハムスターが死んでしまった時です。
私は今までたくさんのハムスターを飼ってきたのでそういうことは何度もありました。
いろいろなハムスターに合掌しましたが、いつも気持ちは同じで、感謝の気持ちとお願いの気持ちです。
感謝は、ハムスターが生きていた時に楽しい思い出をありがとうという気持ちです。
お願いは、ハムスターがどうか天国でも幸せになれますようにという気持ちです。
私はいつもこんな気持ちで天国のハムスターに合掌しています。
by:AI
2015年02月25日
物語 #149:
私は私生活の中でいろいろな時に合掌をします。特に私がよく合掌するのは、人に迷惑をかけ謝る時です。
私は友人といつも遊びに出かけますが、たいてい私が遅れます。私は友人に咄嗟に合掌し「ごめんね」と謝ります。
合掌すると友人はすぐ許してくれます。その時、合掌をするということは「謝罪」の中で最も心情を表現することができると感じます。
つまり合掌することで誰もが良心になれるものではないかと思うのです。   by:YY
2015年02月25日
物語 #148:
私は感謝の気持ち、敬いの気持ちを伝えたり、表わしたりする時に合掌をします。
私は祖父のお墓参りに行って合掌をします。
私の祖父は私が中学1年生の時に亡くなりました。祖父は私に、時に優しく、時に厳しく私のことを気遣ってくれました。
祖父が亡くなった時は悲しくて、今でも祖父のことを思い出します。
しかし今、私が元気になって何事も頑張っていけるのは、祖父が私のことを見守っているからだと思います。
祖父のお墓に行った時は、祖父への感謝、冥福を祈って合掌をします。
by:YN
2015年02月25日
物語 #147:
私が自分から思わず合掌するのは、法事でお坊さんに会った時。「よろしくお願いします」という意味を込めて合掌します。
他には、自分の親しい人の法事で亡くなった人のことを思い出したり、その人にはもう聞いてもらえないけど楽しかったことをたくさん話す時です。
私は、合掌すると亡くなった人に思いが届く気がしています。
なので合掌をすることにしています。
by:MK
2015年02月25日
物語 #145:
合掌とは、自分の思いを強く相手に伝える時に使う動作だと思います。
「ありがとう」と合掌する時は、相手に強く感謝の気持ちを伝えるために使います。
「ごめんなさい」と合掌する時は、自分がしてしまったことを反省したと伝えたい時です。
「いただきます」「ごちそうさま」と合掌する時は、食材に感謝の気持ちを込めて使います。
あまり意識せずに使っているけれど、手を合わせることで自分の思いを伝えられると思います。
自分の気持ちを伝えられると嬉しいし、相手に伝わるのも嬉しいことです。
合掌は不思議な魔法のような動作です。
by:AI
2015年02月25日
物語 #143:
合掌する時と言われると、寺や神社、入学式や卒業式など特別場所・時が多く思い浮かぶ。
日常的には宗教の授業の時ぐらいでめったに合掌することはない。
最近「いただきます」「ごちそうさま」を口に出して言うことがなくなり、合掌もしなくなってしまった。
これは自分に限ったことではないと思う。
なぜならハンバーガーショップやファストフード店で合掌し「いただきます」なんて言う人を自分の経験上見たことがないからだ。
だからと言って食前に合掌しないから「いのちに感謝」をしていないというわけでない。
命をいただくわけなのだから、口にしたものは限りなく無駄にしないように心掛けている。
by:RI
2015年02月25日
物語 #121:
「何故こんな目にあうのだろう」そういう時こそ合掌します。
私達が人生の壁にぶつかってしまうことはよくあることです。
しかし、仏様はあえて苦しい体験を、その人を救う為に与えていることもあるようなのです。
法華経の如来壽量品には、衆生を救う為に「或示己事 或示佗事(わくじこじ わくじたじ)」と説かれているところがあります。
己事とは仏様の大慈・大悲の救いで、そのまま形としてあらわれることを意味し、佗事とは違う形をさします。
例えば不摂生を続けている人には胃や腸に痛みを与えるのです。
もしずっと痛みを感じなければ、取り返しのつかない状態になることは言うまでもありません。
仕事や人間関係などの問題であっても、手を合わせ静かに物事をみると本質に気付くことができ、本当の正しい道を歩んで生きていくことができるのではないでしょうか。
ジョン・F・ケネディの言葉に次のようなものがあります。
「危機という言葉は、二つの漢字から成り立っていて、一つは“危険”を表し、もう一つは“機会”を表す」と。
危機が、人生を好転させるチャンスとなるのですね。
by N.K
2014年11月10日
物語 #120:人と自然 ―祈りそして合掌―
原子力は、まだ人間によって制御されていない。
数百万年前に、火を制御し得た我々は嫌というほど、火の恐ろしさを思い知った。
その因で、現世『縁』がとりあえずある。-因縁―
火の制御は正確には「自然破壊の第一歩」に他ならない。
牧畜、農業、乱獲漁業、養殖、火薬、医療、一夫一婦制、遺伝子操作……Atom…。
と、どまることを知らない自然の客観視という幻想の連鎖…
でも、人間は厳然と自然の一部なのだ。
こういう仕儀から予想し易いベクトルは、原子力の制御完遂だ。
更なる自然節理からの逸脱…。
まあ、太陽が消滅する55億年後は必ずやってくる。
ここまで人間だけが自然から逸脱すれば、太陽との心中は確実に叶わない。
人間は…。

戦後の我が国民の多くは、『わたくし』と『おおやけ』の内、後者をば、どこかに忘れてきてしまった…。
個人主義だけが幅を利かせる不均衡な世間が醸成されたのです…。
これは、本来の日本ではないので、いたずらに恥じたりせず、他人が喜ぶことを考えて行動の選択ができる人を少しでも増やす(己も当然)様、今日努めれば必ず治る社会的病に過ぎないのです…。
by M.K
2014年11月10日
物語 #119:
私は病院の看護補助者として33年働き72歳で退職しました。
以前、健康診断で異変が見つかり病院に行くときのことです。
飼い猫が公園近くまでついてきて、お家にお帰りといっても、私をじっと見て、なかなか戻りません。そしてその夜から猫は帰ってきませんでした。
数日後、手術が終わり麻酔が切れかけたとき、猫が右の腰から足の方、左の腰に歩いて私を起こしてくれました。
病院に猫がいるわけがないと主人に言われ、猫が私の身替りとなってくれたのだ気づき、「南無妙法蓮華経」とベッドで合掌しました。
あれから23年が過ぎ、元気でいられる悦びに感謝しております。
病院ではいろいろな患者様が病んで入院していました。
おかげさまで私に合った仕事だったと思っております。
感謝の思いを込めて、合掌。
by K.Y
2014年11月10日
物語 #118:
私の父は10月10日で百歳を迎えます。
今はホームに世話になっております。
まだ認知症にもならず、いつも心の中でお題目を唱えているのではないでしょうか。
週に2回、洗濯物を交換に参ります。
その帰りに乗ったバスの後ろの窓に、夕焼けに染まる富士山が姿を現しました。
思わず「富士山よ」と声を発してしまいました。
今まで何度もこのバスに乗っていても気がつきませんでした。
自然は怒れば災害をもたらしますが、この富士山には思わず合掌しました。
この文を書いているときに「ニュース速報」で神戸の女児の悲しい結末、
わが家にも8歳の孫がおりますので、他人事とは思えません。
1日が無事に終わり、新しい朝が訪れる日々に合掌。
by Y.K
2014年11月10日
物語 #117:
私が一番に思い浮かべるのは、亡くなった父の形見の時計への『合掌』です。
この時計は亡くなる数日前に父から直接もらった愛用の時計です。
今では透明の専用ケースに入れてリビングに飾っています。
朝起きて『おはよう、今日も一日家族全員を見守ってね』
朝ご飯を食べるとき『いただきます、一緒に食べようね』
出掛けるとき『〜に行ってきます。見守って下さい』
帰宅して『ただいま。無事に帰宅しました、ありがとう』
寝るとき『おやすみなさい』
良いことがあったときは嬉しい気持ち、何か罪悪感があるときはごめんなさいの気持ちで、体調が悪い時は早く良くなることを懇願します。時計の前で合掌する時、食卓から時計に向かってする時、心の中でする時、その時々で様々ですがいつも守られている気持ちになり、心の中を素直に出せる『ホットスポット』になっています。
by M.M
2014年11月10日
物語 #116:《合掌の姿勢が身に着いた・自然と出来た》
住職として法要前に15分くらい時間を取って檀信徒の『合掌の姿勢』に見回りチェックをしている。
この指導方法は私が子供のころ、本門寺沙弥校(寺院の子供対象の修行)で厳しい先生方から教えていただいたき、今日まで自分に浸透しているものである。先生方が手を添えながら『合掌の位置が低い!指と指のすきまを開けるな!』と大きな声で指導していただいた。
今の時代、学校教育現場でも〝ソフトな指導〟が基本スタンスである。特にお寺に来られる檀信徒は私より目上の方が大半である。「みなさん!手に触れますけどよろしくお願いします!」女性の檀信徒から笑い声をいただきながらも、お名前を呼びながら一人一人チェックする。
by K.M
2014年11月10日
物語 #115:
毎朝必ず仏さまの前に正座をして手を合わせています。特に心の中で供えることは「ありがとうございました…3回ほどナムミョウホウレンゲキョウ」と声を、ご先祖さまへ、主人の両親と主人、自分の両親と身近な人に守ってくれて本当に有難う御座います。感謝の気持ちを伝えています。手を合わせた姿は美しい。
by M.M
2014年11月10日
物語 #114:
感謝の気持ちを表現したいとき自然な形として合掌しています。人に、物に、み仏に。又、日々自分の心を紙を剪る(切る)ことで表現しているので、合掌で始まり合掌で終わります。特に、神仏に向かうときは、紙を彫る感覚ですので、合掌とお香は欠かせません。
by S.S
2014年11月10日
物語 #113:
明日は10年前に亡くなった母の命日。
5月24日・25日の京浜教区檀信徒研修道場1泊修行の帰り道、大好物の葛餅を購入した。
池上本門寺のおみやげは、おいしい葛餅と決めつけていた子供の頃、母のお参りに帰宅を楽しみに待っていると、母は「残念でした。売り切れ、売り切れ。この次のお参りの時にね」と期待外れの言葉が多かったです。わが家はすごい貧乏生活で葛餅は贅沢品だったのでしだ。
お墓の掃除を終え、墓前に葛餅とペットボトルのお茶をお供えして「私ね、お母さんにだんだん似てきたみたいです。池上さまにお参りしてきました。読経・説法・写経・法話など、すごく充実した時を過ごさせていただきましたよ。どうぞご先祖さま、皆さまとご一緒においしい葛餅を召しあがってください」墓前に手を合わせ「お母さんありがとうございました」すがすがしい感謝の合掌でした。
by K.I
2014年11月10日
物語 #112:
12年前に子宮体ガンを! 3年前に胃ガンで全摘出をしました。
腰痛のためハワイ旅行をキャンセルしたとき、たまたま受けた区の健診で胃ガンが見つかったのです。
腰痛のおかげで胃ガンが見つかったととても感謝しています。
現在は何もなかったようにしっかり食事もとれます。町会その他のお手伝いができることに感謝、感謝です
命を授けてくださったことに手が自然に合わさります。
by S.T
2014年11月10日
物語 #111:
90才になる義理の父が施設で闘病中、長く痛みを訴えていました。食事もとれず寝たきりとなり、家族もつらい思いをしていました。「後のことは自分がするから大丈夫」と主人から義父に言うように私が促すと、その言葉を聞いて安心したのか、義父はその世に亡くなりました。仏さま、ご先祖さまありがとうと手を合わせました。
by W.I
2014年11月10日
物語 #110:
もう20年も前のことになります。20日間の手術入院から退院して次の日の朝、窓の外を見たとき、朝日がパーッと雲間から差し込みました。TVでの出来事を見るようでした。その時心から「太陽さん命をありがとう」と無意識に手を合わせていました。それ以来、朝は「太陽さん今日一日お願いします」夜には「今日一日ありがとうございます」と続けています。
by K.I
2014年11月10日
物語 #109:
妻が出産するとき、私は無力を感じていましたが、隣りにいた妻の母が必死に手を合わせているのを見て、私も手を合わせることを覚えました。
by K.A
2014年11月10日
物語 #108:
千葉の鋸山に登ったとき、大仏のあまりの大きさ、美しさに思わず手を合わせていました。手を合わせた自分に驚いた瞬間でもありました。
by K.A
2014年11月10日
物語 #107:
若い女性がお墓の前でしばらく合掌しています。
亡くなったお母さんに何か相談したいことがあるのでしょうか。
きっと、つらいことがあったに違いありません。
「私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません」という歌があります。
それでは、なぜこの女性はお墓の前で合掌しているのでしょうか。
お墓は仏さまの世界への発信基地。この女性の願いは、きっとお母さんのもとへ届いているでしょう。
by G.S
2014年11月10日
物語 #106:
「ありがとう」「ごめんなさい」「お願い!」「いただきます」「ごちそうさま」これらの5シーンでは、とても自然に思わず手を合わせています。特に一人で食事をするときは意識して手を合わせています。寂しいからかなと思っていましたが、「いただきます」という相手がいないからかもしれません。
by K.I
2014年11月10日
物語 #105:
合掌をする時、目を閉じるのはなぜだろう?
by Y.S
2014年11月10日
物語 #104:
浄域に入った時に感じる独特な雰囲気に包まれたとき、何とも言えない清々しい気持ちになります。初詣や法事など寺社を訪れたとき、旅行中に教会やモスクに足を踏み入れたとき、そして散歩中に思わず神聖な場所に迷い込んだとき、知らず知らずのうちに心の中で思わず合掌しているのです。
厳かな雰囲気・凛とした佇まい・大きなやさしさに包まれるような安心感で、悩みを抱えていたとしても心を浄化してくれるのです。いつも見守っていてくれる大いなるもの、大きな愛への感謝が合掌という形になるのだと思います。
by M.N
2014年11月10日
物語 #103:
ある日の午後、小学生の女の子が二人やって来て駐車場で小鳥が死んでいると知らせてくれました。行ってみると、雀くらいの大きさで、翼と尾の一部が鮮やかな黄色の小鳥がコンクリートの上に横たわっていました。「初めて見る鳥なので名前はわからないけど、あとでお墓をつくって供養しておくからね」と伝え、女の子たちと大切な生命に合掌をと手を合わせました。
後日、野鳥図鑑を調べてみると「カワラヒワ スズメ目 アトリ科 全長15㎝ 全国に分布している鳥」との事。あの時は名前がわからず漠然として合掌しましたが、生物には名前や特徴があり、それを認識し理解したうえで合掌できたならばと少し残念に思っています。
by S.M
2014年11月10日
物語 #102:
これは知人のお母さんの話です。日ごろからとても元気なお年寄りで、身の回りのたいていのことは自分ででき、同居の家族からも「本当に手のかからないおばあちゃん」と言われていました。そんなおばあちゃんM子さんがおめでたい九十九歳の誕生日を迎えたので、同居の長男夫婦をはじめ子どもたちや孫、ひ孫などが大勢集まって白寿のお祝いの会が開かれました。
皆から祝福の言葉を掛けられたM子さんはすっかり気分をよくして、普段は口にしない「ステーキまで食べてみたい」と言い出し、まわりを驚かせました。そして子や孫などに、これまで一度も口にしなかった「ありがとう」という感謝の言葉で喜びを表しました。
ところがその翌日の昼前、家族がおばあちゃんの部屋をのぞいてみて驚きました。M子さんは椅子に座ったまま、穏やかな顔つきで亡くなっていたそうです。後日、おばあちゃんの娘である私の知人はこう話しました。「白寿のお祝いができてほんとに良かった。母があんなに喜んでくれて。手を合わせて感謝の言葉を言ってくれましたが、本当は子供たちの私が、すばらしい一生をみせてくれた母に感謝の合掌をしなければいけないんですね」
by K.O
2014年11月10日
物語 #100:
法事の時小さい子供がいるとお焼香のやり方を説明するのですが、お焼香よりも合掌し一心にお祈りをする姿に心を打たれます。本人たちは教えてもらったとおりにやろうと一生懸命なんだろうと思いますが、その姿は本当に美しいです。
by M.M
2014年11月10日
物語 #99:
先日、キリスト教会を会場にした講演会に行ってきました。礼拝堂に入った時、思わず合掌してしまいました。つくづく仏教徒であることを自覚し、仏さまはイエスキリストさえ包み込んでしまう大きな力があるのだろうと感じました。
by S.Y
2014年11月10日
物語 #98:
苦難を一つ乗り越え、そろそろ一人暮らしにも慣れたある日、実家に顔を出した私に「故郷へ帰ってきたような気がするかい?」そうやさしく発した父の一言に「東京で生まれ、山や川で遊んだこともないのにふるさとなんて思わないわよ」と多分私はそっけなく返した記憶があった。
数年後苦労をかけた母が逝き、頑張って生きた父も96歳の冬、静かに逝った。
心の支えを亡くした独り居の日々は唯虚しく、生前最後となった伊豆旅行の写真を手にしては、父母の声が聞きたいと切に思った。
ふと父の朝夕の読経の姿が浮かび、子どもの頃漠然と耳にしていた経文の意味は何であったろうと、そしてお経を唱えたならば父母を近くに感じられるのではないかと、思い出の写真に向かって夢中で経文を唱え、その両の手は自ずから合掌していた。なぜか涙があふれ父母を身近に感じ、心は静かであった。
「お父さん、私の故郷は紛れもなく父母でした」
謝罪と感謝でそう伝え、やがていのちの源である父母の懐へ、そして大宇宙に抱かれるその日まで、生きとし生けるものに合掌しつつ前進もう。合掌
by K.T
2014年11月10日
物語 #97:
近所のスーパーで買い物をしている時、ふと近くに小さな白髪の老女の後ろ姿があった。
背中を丸くして買い物カゴを重そうに持っている姿に思わず手助けしようと手がのびた時、
その老女が自分の母親だったことに衝撃を受けた。
近くに住んでいても気づかない間に、こんなに年を取っていたなんて…。
母親の小さな背中に深い寂しさを感じ、自分自身の無力さにただどうしようもなく自分を責め続ける毎日。
深く感謝しているのに。素直になれなくてごめんなさい…。
こんな私を生んで、育ててくれて本当にありがとう。
by T.U
2014年11月10日
物語 #87:
買っておいた食材・食べ物をうっかりダメにしてしまった時、心の底から「本当にごめんなさい!」と合掌します。長年使った衣類・家電・家具等・更に雑巾や台所のスポンジ等に至るまで、捨てる時には「今まで有り難うございました。お疲れ様でした。お世話になりました」と合掌します。
by:MO
2014年10月30日
物語 #72:私が合掌する時
「何故こんな目にあうのだろう」そういう時こそ合掌します。私達が人生の壁にぶつかってしまうことはよくあることです。しかし、仏様はあえて苦しい体験を、その人を救う為に与えていることもあるようなのです。法華経の如来壽量品には、衆生を救う為に「或示己事或示佗事」と説かれているところがあります。己事とは仏様の大慈・大悲の救いで、そのまま形としてあらわれることを意味し、佗事とは違う形をさし、例えば不摂生を続けている人には胃や腸に痛みを与えるのです。もしずっと痛みを感じなければ、取り返しのつかない状態になることは言うまでもありません。仕事や人間関係などの問題であっても、手を合わせ静かに物事をみると本質に気付くことができ、本当の正しい道を歩んで生きていくことができるのではないでしょうか。
ジョン・F・ケネディの言葉に次のようなものがあります。「危機という言葉は、二つの漢字から成り立っていて、一つは“危険”を表し、もう一つは“機会”を表す」と。危機が、人生を好転させるチャンスとなるのですね。
2014年10月13日
物語 #29:病院の桜
八年間の闘病生活の末、力尽きて昨年亡くなった母。桜の開花情報が発表されると
「今年も桜を見ることができるかな。」が口ぐせ。母の一生に合掌。
2014年05月28日
物語 #4:
11月 七五三の祝い
健康に育てと祈る稚児行列
合掌して聞く日蓮聖人の教え
着物を用意して待つおさなごの幸せ。
2014年03月31日
物語 #3:
祖母の手紙。
いつもやさしい言葉が綴られていた。
いつもわたしのことを気遣ってくれた。
今もきっと見守っていてくれていると思う。
私の心の中に、いつまでも祖母はやさしく笑っている。
2014年03月31日
物語 #2:
木漏れ日、風のにおい、地面から顔を出したちいさな芽。
いのちが、そこにあること。
2014年03月31日
物語 #1:
何でもない日常が、変わりなくやってくる朝。
毎日1枚、空の写真を撮る。
変わらぬままに、日常があることのありがたさ。
2014年03月31日
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